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翼
も
つ
ひ
と
「ロザリア、でね、翼の守護聖様が――……」
「アンジェリーク、あなたいい加減、守護聖様のこと名前でお呼びなさいな。いくらなんでも、もう覚えたのでしょう?」
「だってわたし、このほうが言いやすいんだもの。」
ある日の昼下がり、炎の守護聖オスカーがふと漏れ聞いた、彼の前の小道をゆく女王候補たちの会話。
(翼の守護聖……?)
なんだそれは、といぶかしく思ったものの、火急の用命でいそぎ外界へおりなければならなかった彼は、ぐんぐんと歩みをすすめた。その長い脚で、またたく間に彼女たちに追いついてしまったオスカーは、艶やかな声で呼びかける。
「よう、赤いリボンと青いリボンのお嬢ちゃん。」
「あ、オスカー様。こんにちは!」
「ごきげんよう、オスカー様。」
いつもならばすこしからかって反応でもためしたいところであったが、任務のあるオスカーは、かるく手を振ってじゃあな、と彼女たちを追い抜いた。そのとき、オスカーの記憶の片すみにまぎれこんだ『翼の守護聖』という言葉。
それから数日後のこと。エリューシオンとフェリシア、ふたつの大陸にどのくらい炎のサクリアが満ちているかをみにやってきたオスカーと、ちょうど遊星盤から降りたった金の髪の女王候補が、ふたたび顔をあわせた。
「これから帰りか? 金の髪のお嬢ちゃん。」
アンジェリークはすこし驚いたように、けれど素直にこたえる。
「はい、寮へもどるとこです。」
「なら、部屋まで送らせてくれ。」
どんなに華やかな行動をとろうと、紳士であるオスカーがそう申し出たのは当然のことであり、けっこうな距離のある王立研究院から女王候補の住まう寮まで、オスカーとアンジェリークは、話をしながら歩いていった。
いま、エリューシオンでいちばん望まれているサクリアは? とオスカーが問うと、彼女は〈勇気〉とこたえる。
わたしに必要なのも〈勇気〉と笑いながら。
(きょうだいみたいだな。)
前向きな笑顔のアンジェリークの姿勢は、どこかその勇気をつかさどる風の守護聖を彷彿とさせた。
いきいきと会話をかわす少女にオスカーは笑いかける。
「この間、青い瞳のお嬢ちゃんにだいぶ遅れをとっていると気落ちしていたのに、随分とあかるいな。そのほうがお嬢ちゃんらしくて、いいぜ。」
「だってわたしはわたし。ほかのだれにもなれないんですもん。」
そう気づいたから、とアンジェリークはにこっと笑う。
「どう逆立ちしたってわたしはロザリアにはなれないし、せいぜいなれるとしても『ロザリアみたい』になれるだけで、そんなの、わたしもエリューシオンもかわいそう。だいいち試験にならないわ。本物と本物に似たものだったら、だれだって本物をえらぶもの。だからおんなじにできないことに落ちこむより、いまじぶんにできることを精一杯やれば、だれのものでもない、わたしのエリューシオンになるって、そう思ったから。そうしたら落ちこんでなんていられなくなっちゃったんです。」
「そうか。お嬢ちゃんも一歩前進したな。」
「そう、一歩ずつでもちゃんと進めば、そのぶん歩かなきゃならない距離は縮まるもの。だったらがんばれます。わたし、まだひよっこの女王候補だけど、女王様の翼にすこしでも近づきたい。」
身のほどしらずかもしれませんけど、と意気込んでいったものの、
アンジェリークは、すこし不安そうにつけくわえた。
「いいや、そう思うことでお嬢ちゃんはもう近づいていると思うぜ。」
女王陛下の翼にな、とオスカーは優しくアンジェリークにそう告げた。
「……いい笑顔だ。」
オスカーは目を細めて、心からそう言った。
(ん……翼……?)
わあ、だったらうれしいです、とひまわりのようにアンジェリークが笑う。
それをみおろしたオスカーの脳裏に、ふと先日の彼女の言葉がよみがえった。
『翼の守護聖様』
「……翼といえば、お嬢ちゃん。」
「はい?」
「『翼の守護聖様』ってのはなんのことだ?」
きゃっとちいさい悲鳴が、アンジェリークのくちびるから漏れる。
みるみるうちにその頬がばら色に染まっていった。
「なんで知ってらっしゃるんですか?」
「いや、先日青い瞳のお嬢ちゃんと話しているのを小耳にはさんでな。機会があったら聞こうと思ってたんだが……いまがその機会ってわけだ。」
オスカーはかるく片目をつむってみせる。
悪戯っ気のあるそのウィンクに、はやくも白旗をあげたアンジェリークは、ぼそぼそと説明しはじめた。
「……わたし、はじめなかなか守護聖様が覚えられなかったんです。みんなきらきらしてらっしゃって、前に出るとあがっちゃってなにも考えられなくなっちゃうし、すこし慣れてようやくお顔は覚えても、こんどはお名前と一致しないし。だからしばらくはどなたとお会いしても『こんにちは』だけですませて……笑いたいなら、ちゃんと笑ってください、オスカー様。」
そういえば育成も序盤のころは、あいさつしてそそくさと立ち去る姿しかみなかったなと、口もとを押さえたオスカーを、めざとくみつけたアンジェリークは、すこしうらめしそうにそう言った。
「いや、すまんお嬢ちゃん。つい可笑しくてな……。」
こんどはくっくっと隠さず笑いながら、オスカーはそれで……と続きをうながす。
「……だから、じぶん流の名前をつけて呼んでたんです。」
「じぶん流?」
「えっと、たとえばジュリアス様だったら獅子の守護聖様、とか。」
「ははあ、なんとかの君、みたいだな。」
「そう、そんなかんじ。」
「で、『翼』はだれなんだ?」
「ランディ様。」
「ランディ?」
「ランディ様を謁見の間ではじめてみたとき、はねた髪が翼みたいって思ったから。それに、すっごく自由で好きなとこにすぐ飛んでっちゃいそうな、そんなかんじがしたんです。」
「……。」
オスカーは虚をつかれて、一瞬黙った。
ランディの髪が翼みたいで、すぐどこかへ行ってしまいそう、だって?
彼のそんな気ままさは、つねづねオスカーが身のうちに棲まわしている、不安のしみみたいなもので、それを突然金の髪の少女につきつけられて、おどろく。
そう、言われるまでもなく彼は……ランディは、どこへでも行ける翼を持っていて、オスカーはときおりはげしい焦燥にかられる。
その翼で彼がふらりと飛んでいってしまうんじゃないかと、後ろ姿をみるたび、ひきとめたく……抱きしめたく、なる。
ここにとどまれと、この腕で、縛りたくなる……。
「オスカー様?」
「……お嬢ちゃん。もしお嬢ちゃんがすぐ飛んでいっちまう鳥をそばに置きたいと思ったらどうする?」
とつぜん振り違えられた話題にアンジェリークは緑色の瞳をぱちくりさせる。けれど、すぐにいっしょうけんめい考えはじめ、そして、いいこと思いついたというように、ぽんと手を打った。
「飛んでいっちゃっても帰ってくるようにすればいいんです。わたしがその子の帰る家になる。」
オスカーはかるく眼をみはった。飛んでいったらそれでおしまい、だとなんとなく思っていた。
やわらかい、斬新なアンジェリークの発想。
「……どうやって?」
「わたしなら餌づけ、かな。」
「えづけ?」
「その鳥の好きなもの、いっぱい用意するんです。おいしいものがわたしのとこにあるってわかったら、いてくれるかもしれないじゃないですか。」
「でもそれはお嬢ちゃんが好きだからじゃなくて、食べ物が欲しいから、だろ?それでもいいのか。」
ランディにとって尊敬に値する剣士だから、じゃあ俺は満足できない……。
「さいしょはたべものめあてでもいいんです。だんだんわたしも好きになってくれれば。『好き』ってそんなものじゃないですか。いじわるな人より、優しくしてくれる人、わたしにとって楽しい人を好きになるのとおんなじ
でしょう?ようは最後に向こうがわたしを好きになってくれれば、いいんです。」
それで勝ち、と笑うアンジェリーク。
「……その鳥がなにを好きかわからなかったら?」
俺のどこをあいつが好いてくれているのか、よく、わからなかったら?
「たべものぜんぶに挑戦! それでだめだったらあきらめもつくけど、生きものならぜったいなにか食べるもの、だいじょうぶ、きっとみつけられます。」
「……結局餌づけ、なのか。」
「餌づけ、いいと思いませんか?」
「……。」
「だって食欲は生きもののいちばん強い欲望じゃないですか。それを利用しない手はないと思うの、あたりまえでしょう?……そんなに声もなく笑うこと、ないと思います。」
すこうしふくれ面でそう言うアンジェリークに、眼のふちをぬぐいながらオスカーは極上の笑顔でこたえた。
「いや、とてもお嬢ちゃんらしい、こたえだよ。……俺も今度から見習ってみるかな。」
「つかまえたい鳥がいるんですか?」
「ああ。」
ランディが〈おいしい〉と思う俺はいったいなんだろうか。
あの、鮮やかな笑顔をこの手にとどめられるなら、最後に『好き』になってもらえるのなら、きっかけなんてなんでもいいのかもしれない……
オスカーにそう思わせた金の髪の女王候補もやはり、ちがう翼もつひと、だった。
「ところでお嬢ちゃん。俺はいったいなんの守護聖様だったんだ?」
「……ないしょ。」
− 了 −
別名『鳥の飼育』と呼んでいました(笑)。
私はそのひとのいない所で、ひそかに、静かに、思っているのが好きなようです。
それがオスカーならなおのこと。
いる所で思うのもそれはそれでツボなんですが、ランディのペースになってしまうと
なんだか取り残されたオスカーの想いがせつなくなるからかもしれません。
もちろん、べつのものをもらっているのだけれど、ね。
曖昧模糊としたものがくっきりはっきり、ばっさり(笑)なので。
それは清々しいけれども、塗りかえられた空気だから。
また空気って言ってる(笑)。
初出は、やはり飛多ケイコ嬢の2003年8月に発行された『Confusion
後編』。
連続でゲストさせていただきました。
こちらも快く掲載を許可してくださり、感謝です。
2004.03.28
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