貴方は、腕をからめつけては胸のなかに閉じこめきって、俺の後ろからつながるのが、好きだ。
 まるでその熱いからだで、たぎる炎で覆いつくすかのように、向かいあわせのときより、一層激しく、抱く。
 この炎の守護聖とからだを重ねあうようになってまだ日も浅いころは、その、背後から伸ばされる強引な手に、抵抗をしていた。
 けして、厭だったわけではない。
 どんな姿態だろうが、溺れきった声だろうが、貴方が悦ぶのならひらく、あげる。
 いつも何かに飢えているようにみえるこの男(ひと)を俺で一杯にできるのなら、そんなこと、どうということもない。
 むしろ喜んで、する。
 されるがままでなく、俺の意志で、ぜんぶ、あげる。抱きしめる。
 ……ただ、俺を抱くあの人の、普段その顔をかすめることなど皆無と云って良い、せつなげにわずかに寄った眉根や、うっすらと赤く染まった膚、声もなく『ランディ』と俺の名をよぶ濡れたくちびるのひらくさま、漏れる息、押さえた声、そんな、思い出すだけでぞくりと魅入られそうな艶のある表情を、余裕のない飛びそうな意識の隅で捕らえるのが……感じさせられるだけではなく、俺も感じさせているのだと芯からわかるのが、震えるくらいに気持ち悦いことであったので――、
 要するに、貴方が、酷く、足りなかったのだ。
 満たしたいと思うのに、満たされない想いは、ひとを喰(は)む。
 俺の場合、それは文字どおりのかたちであらわれて、あの人のからだは咬み痕だらけになった。
 容赦ない、と、くちびるをゆがめてそれを撫でる貴方の、喜色まじりの、それでいて自嘲するような不可思議な表情を、灼きつけられたかのつよさで憶えている。
 貴方のそのアンビヴァレンツを抱えた顔に俺は、何処か良くわからない胸の底で、ああ、と得心した。

 これは、貴方自身の立てる歯だ、と。

 満たされない貴方の想いが、俺のなかをとおって……とおり越して、貴方自身に跳ね返っているのだ、と。
 だから、俺は耳を澄ますことにしたのだ。
 眼よりもたしかに貴方を感じとれるものを。
 それは、酷く近くにあった。
 そんな傷ついた貌(かお)で、それでも他に術をみつけられず、俺の後ろから覆いかぶさる、貴方。
 ぴんと弓の弦のようにはりつめた背中ごしに、俺の胸に廻される腕。
 抱きかえすこともできない俺の腕を、独りぐっと握りしめた拳を、やんわりと解(ほど)いて重ねられるひとつの手と、俺を支えて沿わされるもうひとつの手、髪へ、くびへ、背すじへ、順々に落ちてくるくちびる。
 剣をふるうあの手で、時おり酷薄にすらみえるくちびるで、と思うだけで、痺れるようだ。
 執拗なくらいからめては割り入ってくる脚、押しあてられる、下肢の熱。
 いつも俺の前を進むあの脚で、渾身の力で剣を向けても揺らがない下肢で。
 天雷(いかづち)が落ちてきたみたいに、震えがくる。
 呼び醒まされる数々の感覚にぼぅとなった頭へ、幾ら云っても足りないかのように切羽詰まってかすれた声で繰りかえし繰りかえし囁かれる俺の名前が反響して、そして――
 信じられないほどぴったりと背に重なったあの人の胸は、俺のからだのなかすべてに鐘を鳴らしていた。
 ひとつ、俺に触れるごとに、俺が反応するごとに、密着した背の上の貴方の血脈が、壊れるのではないかというくらいに、鳴る。
 どんどんと、止めようもなくものすごい速度で、高なってゆく。
 流れこんで、くる……
 俺が呼びおこす貴方の胸の鼓動。
 制御などできない――できるはずもない、それ。
 強い意志ひとつで取り繕える表情よりも、よほど素直な告白。
 こんな近くに貴方は居た。
 もうどうしようもなくて、泪が出た。
「……泣いているのか。」  
 霞んだ視界に紅(あか)がわずかに滲んで、長いゆびで眼もとをぬぐわれる。
 うん、と余裕なくただ首肯すれば、わずかにたじろいだかのような気配と、どくんと鳴った鐘に、俺は半ば泣き笑いをしながら、告げる。
 酷くはげしくキスしたい、と思いながら。
「いま死んでも良いくらいにうれしくて、ですよ。」
 その夜、俺はあの人を胸に抱いて寝た。
 炎のような頭を抱きよせて、貴方のことがこんなにも好きだと訴える胸の鐘の音で、一杯になれば良い、と。貴方は、凄い音だな、と酷くうれしげな微笑いをうっすりと残して、こどものようにすぅと眠りこみ、俺は、胸に抱きこんだまま、一睡もせずに、朝を迎えた。

 それ以来、貴方に、俺以外のものの歯が痕を残したことはない。





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