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肩
この、ふたつの手で護りたくなるやさしいまろやかさも白さもまるで持ちあわせていない、良く陽灼けした、やや硬いフォルムをえがく肩。
そこより、己れの顔をした魔物がぶらぶらとしているのではないかと、近ごろ良く思う。
すっと伸びたくびすじから、ゆるやかにつづく、武骨なほどでなく盛りあがった裸のそれまで、手を這わせて密やかに嗤いながら、どうしようもなく血が騒いだ。
はじめて魔物の話しを聴いたときも、背すじにぞくりと赤が蠢いたのを、酷くはっきりと憶えている。
……人間の首には噴火獣(シメヱル)という魔物が憑いているという。
どんな、魔物なのかは良く知らない。
ざわざわとからだをめぐる赤の奔流に、あえて、知ろうとはしなかった。
だが、近ごろ良く思う。
それはその人間に執着する誰かの欲に満ちた手なのではないだろうか、と。
たおやかな腕が情念をこめてからみついてくるたび、鬱陶しく思ってしまうほど固く巻きつくよりも前に、やんわりとほどいてきた炎の守護聖は、漠然と、だが確かに思う。
首に取り憑いて離れない魔物。
抱きあって、灼きつけんばかりの熱で反りかえった奔放なからだを一杯にして、名を呼んで、息もできないほどのくちづけをして、捕らえた髪に声に眸にからだに、返されるくちびるに、想いに、眼が眩むほど倖福で曇るほど不安で、ならばいっそと愛しむようにその首に這わせた手に、そのままぐっと力をこめたい衝動にかられる自身との相似。
……手を腕を、ぐるぐると巻きつけて、自身が蛇のように巻きついて、執着のあまりくびり殺した後、くたりとした首の落ちた肩の上で、ちろちろと赤い舌をひらめかせて己れの顔をした魔物が満足げに笑んでいるのは、おそろしく甘美な誘惑に満ちた図だ。
首なくしては、もう取り憑くこともできないというのに、だからこそ、より一層の倖福で充たされる。
棲みかである首のなくなった肩の上で、もう奪われることはないと、安らかに微笑する。
「噴火獣――シメヱル、……か。」
くちびるより出るともなく割り出た幽(かす)かなつぶやきに、かたちをなぞり、魔物の在り処をたしかめるように、撫でたどっては凝視していた肩口より、ふっと振りかえる青の眸。
「それ、」
ごく、自然に笑顔を浮かべる彼に、ただ喉声で、ん? と斜に構えて返す。
肩には、じんわりと手を置いたまま。
「〈前方は獅子、後方は大蛇、真中は牡山羊のかたちをなし、燃えさかる火の勢いも凄まじく口より吐いては出しているもの〉。」
するすると唱えては、シメヱル、とふたたびこちらをみあげてにこりと笑う彼に、片眉だけが吊りあがった。
「……寝ものがたりに訊いた詩句なんでな、良くは知らない。」
わざと挑発するように不敵な笑いを浮かべながらも、ほんとうに蛇の係累だったのか、とほろ苦く思う。
どうせね、そうでしょうと妬心めいたことばを口にしながらも、覗きこめば悪戯っぽくきらめく青。
噴火獣を持たない世界に身を置く彼を、酷く愛おしく、苦く、思う。
「人間の首に取り憑く魔物だってこと以外は、な……」
何も、知らない、と置いた手をゆるりと腰へ廻し巻き、肩には顎を載せて、耳もとで囁くと、触れた髪とくすぐるような声の響きで、ふぅと彼のくちびるの傍の空気が温む気配に、どうした? とさらに意地悪く囁きこめば、知っているくせに、と翻弄されかけた素直な呼気のまま、俺はこどものころ、シメヱルは異形の神の子で、おなじ神々の血を引く英雄に殺されたんだと寝ものがたりに訊きました、とわざとらしく茶目っ気を含んで、また、笑う。
「……おまえの云うシメヱルと、俺の云う噴火獣がおなじものかはわからないが、」
もし、そうなら……と囁きながら、自身でもわかるほどからだの熱がすう、とあがった。
火を噴きそうなほどに。
「からみついた魔物――シメヱルの獅子の頭が、憑いた人間のちょうど肩あたりから牙を剥いているかもしれないな。」
こんなふうに、と自虐めいて、腰からくびへと手をすべらせ、巻き、肩に頭を埋めて噛むように強く吸いあげた。
と、ふいに肩に載せきった頭をぐい、とかき寄せられ、ちゅ、と強引にくちびるを奪われたのに眼を瞠る。
伝承はもうひとつあって――と息が交じりあうほど間近くで、魔物の居る肩の上で、真剣に熱っぽく囁く声。
「古来シメヱルは、魔物でなく、翼ある勇猛な獅子で、風と火の化身だったそうですよ。
俺は、それが好きだった。」
喰われても本望ですけれどね、とおだやかに、貴方がシメヱルなら俺だってシメヱルですよ、と酷く奇麗に破顔して、ほら、と仕返しのように肩にきつくくちづけてくる彼の双肩を、どうしようもなくなって、ただ抱きしめた。
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